事案
被上告人は、4歳の時、交通事故に遭い、脳挫傷、びまん性軸索損傷などの傷害を負い、その後、自賠責後遺障害第3級2号に該当する高次脳機能障害の後遺障害が残った。被上告人は、18歳になる翌月からその終期である67歳になる月までの取得すべき収入額を、その間毎月に、定期金により支払うことを求めていた。
争点
1 交通事故の被害者が後遺障害逸失利益について定期金賠償を求めている場合に、それが定期金賠償の対象となるか。
2 交通事故に起因する後遺障害逸失利益につき定期金賠償を命ずるにあたって、被害者の死亡時を定期金賠償の終期とすることができるか
判決の内容
1について
判決は、「以上によれば、交通事故の被害者が事故に起因する後遺障害による逸失利益について定期金による賠償を求めている場合において、上記目的及び理念に照らして相当と認められるときは、同逸失利益は、定期金による賠償の対象となるものと解される。」と判断して、被害者が定期金払い方式を求めている場合に、これを原則として肯定した。
2について
判決は、「上記後遺障害による逸失利益につき定期金による賠償を命ずるに当 たっては、交通事故の時点で、被害者が死亡する原因となる具体的事由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り、就労可能期間の終期より前の被害者の死亡時を定期金による賠償の終期とすることを 要しないと解するのが相当である。」として、原則として被害者の死亡を賠償金の支払いの終期としないと判断して、判決後に被害者が死亡したとしても、賠償義務者は、その時点で定期金賠償の支払い義務を原則として免れないとした。
検討
1について
将来一定時期ごとにもらえる金銭(例えば、毎月もらう給料など)に関する損害賠償の支払い方式については、一括払い方式と定期金払い方式がある。
一括払い方式は、本来であれば将来の支払い時期にならないともらえない賠償金を、現在において全額を一括に支払ってもらえるという利点がある反面、本来支払ってもらう時期と現在と間の期間で発生する中間利息を賠償金から控除されるという欠点がある。この中間利息の控除が多額になり、その分、賠償金の額が大幅に減少して交通事故の被害者に極めて不利になることが問題視されてきた。
これに対して、定期金支払い方式は、こうした中間利息の控除がされないため、一括払い方式よりも賠償金が高額になるという利点がある反面、将来、賠償金の支払い義務者の資力に問題が生じた場合、賠償金の支払いが滞る可能性がある。また、民事訴訟法117条は、「定期金による賠償金を命じた確定判決の変更を求める訴え」(条文は、末尾を参照。)を認めており、これにより、判決後の事情によっては、定期金の賠償額が減額されたり、打ち切りになったりする可能性がある。
このように、一括払い方式と定期既払い方式には、それぞれ一長一短があるが、交通事故の被害者が定期金賠償方式を求めた場合には、原則的にその方式による賠償を認めた点に、本判決の意義がある。
2 について
後遺障害逸失利益とは、後遺障害によって得られなくなった収入分の利益なので、仮に被害者が判決後に死亡した場合は、定期金払い方式による逸失利益の賠償金は打ち切るべきではないかという指摘があった。
しかし、すでに、最高裁平成8年4月25日判決などは、後遺障害逸失利益の一時期払い方式による賠償について、被害者の死亡の事実は就労可能期間の算定上考慮すべきものではない、としていた。そうすると、定期金賠償では被害者の死亡を賠償金の支払いの終期とすることは、一時金支払い方式による賠償とのバランスを欠く。また、例えば、交通事故の被害者が妻や未成年子のある夫の場合、その後遺障害逸失利益はその夫の家族の生活費の原資となるが通常なので、夫の死亡を機に後遺障害逸失利益の賠償の支払いが打ち切られることの不当性と考えられる。
そこで、後遺障害逸失利益の定期金払い方式による賠償についても、判決後の被害者の死亡を支払い時期の終期としない、つまり、被害者の死亡の事実をもって後遺障害逸失利益の賠償義務は原則として消滅しない、とした点に、本判決の意義がある。
ただし、上記でも指摘した民事訴訟法117条の「定期金による賠償金を命じた確定判決の変更を求める訴え」により、被害者の死亡を機に、定期金の賠償額が減額されたり、打ち切りになったりする可能性がある点に注意が必要である。
今後の課題
1 本判決を前提にしても、民事訴訟法117条が「定期金による賠償金を命じた確定判決の変更を求める訴え」を認めている以上、判決後の事情によっては、定期金の支払い額が減額したり、支払いが打ち切られる可能性がある。そこで、どのような場合に、確定判決の変更が認められるのかが、問題として残る。 また、定期金支払い方式の場合、加害者が加入する保険会社の経営状態いかんによっては、定期金の支払いが滞る可能性があることはすでに述べた通りである。
よって、後遺障害逸失利益の賠償について、被害者側が、一括払い方式か定期既払い方式かのいずれの方式により裁判上請求するかについては、これらの事情を踏まえて慎重に検討する必要がある。
2 なお、後遺障害逸失利益以外の損害項目、例えば、将来治療費、将来介護費、成年後見費用などについて定期金支払い方式が認められるかについては、最高裁判所においては未解決の課題である。
※ 参考条文
民事訴訟法第117条
口頭弁論終結前に生じた損害につき定期金による賠償を命じた確定判決について、口頭弁論終結後に、後遺障害の程度、賃金水準その他の損害額の算定の基礎となった事情に著しい変更が生じた場合には、その判決の変更を求める訴えを提起することができる。ただし、その訴えの提起の日以後に支払期限が到来する定期金に係る部分に限る。
2前項の訴えは、第一審裁判所の管轄に専属する。
※ 判決文については、最高裁判所のホームページをご覧ください。→ こちらです。