私たちの日常生活や様々な場面において、結果として他人をケガさせたり、他人の物を壊してしまったりすることがあります。
交通事故を起こしたり、子ども同士のけんかで子供が相手をケガさせてしまったり、すれ違いざまにぶつかってしまったり・・・。
このようなとき、私たちは思わず、「すみません。」などと謝ることが多いでしょう。
では、このように素直に謝った場合、法的に賠償責任は発生するのでしょうか?
謝る、ということは、自分の行為に非があることを認めているともいえますから、それによって法的な賠償責任が発生するとも考えられるので、疑問が生じてきます。
この点、東京地方裁判所平成22年12月8日判決は、通所サービス利用中で発生した誤嚥による死亡事故の遺族から起こされた施設に対する損害賠償請求の事案において、結果として施設側の責任を否定しつつ、事故後に施設長が謝罪したにもかかわらず後になって施設側が法的責任を否定してきたことは不当であるとの遺族側の主張に対して、次のように判断しました。
「施設長が謝罪の言葉を述べ、原告ら(遺族ら)には責任を認める趣旨と受け取れる発言をしていたとしても、これは介護施設を運営する者として、結果として期待された役割を果たせず、不幸な事態を招いたことに対する職上場の自責の念から出た言葉と解され、これをもって、被告(施設側)に本件事故につき法的な損害賠償責任があるというわけにはいかない。」と述べて、謝罪したことをもって賠償責任が発生する根拠となるものではないと判断しました。
この判決は、施設長の謝罪の言葉は、「自責の念」からの表れという、いわば道徳ないし倫理の問題であって、これと法的な賠償責任の問題は区別していると理解することができすし、一般に法律の世界でも、法的な義務と社会的な倫理や道徳の問題は一応別であると考えられています。
そもそも、法的な賠償責任が発生するのは、民法709条の要件を満たす場合です。つまり、加害者側の故意・過失、違法性、損害の発生、加害者側の行為と結果との因果関係などが要件になり、これらの要件をすべて満たして、はじめて賠償責任が発生します。謝罪したことは要件にもなっていません。
また、謝罪したことにより賠償責任が発生するものとすると、人は、その後に賠償責任が発生するの恐れて、固くなに謝罪を拒んだり、あるいは、ことさら自己の責任を回避する言動に固執したりしてしまうことにつながります。そうすると、相手との間に不必要な感情的対立が生じたり、その後の紛争が拡大したり複雑化したりする恐れも生じてきます。
とはいっても、自責の念から謝罪すべきかどうかは、事案の内容や相手の態度や自分の感情や判断にも左右されるのですから、すべての場合に謝罪すべきとも考えづらいです。
ただ、後に法的な賠償責任が発生することを恐れて固くなに謝罪しないというのは、私たちの一般常識や倫理観に反しますし、先に示した裁判例の趣旨からは、無用な心配といえるでしょう。
民法709条
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
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すぎしま法律事務所 弁護士 杉島健二(岐阜県弁護士会所属)