松山地方裁判所平成20年2月18日判決 平成18年(ワ)第150号 判例タイムズ1275号219頁
第1 当事者、及び、事案の概要
1 施設利用者(X)
Xは、医師から「加齢にともなうもの又は小さい脳梗塞、脳血管障害等によって食事の飲み込みが悪くなってきており、今後も嚥下障害が進行したり、誤嚥性肺炎の発症の可能性があると」との説明を受けていた。
2 施設事業者(Y)
Yは社会福祉法人で、特別養護老人ホーム(以下、「本件施設」という。)を運営していた。
3 当事者関係
Xは、平成12年から本件施設に入所していた。
4 事案の概要
Xは、平成17年7月18日、本件施設内で朝食を採っていた際に、摂取物が気管に詰まる誤嚥事故(以下「本件誤嚥事故」という。)のために呼吸困難となり、同日、医療機関に搬送されたが、意識が戻らないまま同年8月8日死亡した。
第2 事情の経過(裁判所が認定した主な事実)
① Xは、平成17年6月27日ころから、食事介助が行われるようになった。
② Xは、米粒を食べる際にムセるようになったため、平成17年6月30日の夕食からは主食がおもゆに変更された(乙6)。
③ Xは、平成17年7月11日、本件施設において町立病院医師の診察を受け、この際にY職員は医師に対して、Xについては食事の際にとろみをつけてもムセがみられ、全量摂取可能な時とムセのため途中でやめる時があるとの説明を行った。
④ Xの相続人Aは、平成17年7月11日は本件施設を訪れており、医師からXの状態について「加齢にともなうもの又は小さい脳梗塞、脳血管障害等にて食事の飲み込みが悪くなってきているようです。今後も嚥下障害の進行及び誤嚥性肺炎の発症の可能性があります、このまま経過観察を行いますが、今後肺炎等の発症があれば、入院加療の可能性もあります。」という内容の説明を受けたが、この説明についてはY職員も聞いていた。
⑤ Yの介護職員Iは、平成15年9月から介護職の契約職員として勤務しているが、それまでに介護職としての経験はなく、本件施設においても嚥下障害のある入所者に対する食事介助についての教育、指導を体系的に受けたことはなく、少量ずつ食べてもらう、しっかり飲み込んだことを確認するという点について注意するようにと口頭で言われているだけであった。
⑥ 厚生労働省内に設置された「福祉サービスにおける危機管理に関する検討会」が平成14年にまとめた「福祉サービスにおける危機管理(リスクマネジメント)に関する取り組み指針~利用者の笑顔と満足を求めて~」では、食事介助の留意事項として、①しっかり覚醒されていることを確認する、②頸部を前屈させ誤嚥しにくい姿勢にする、③手、口腔内を清潔にする、④一口ずつ嚥下を確かめる、⑤水分、汁物はむせやすいので少しずつ介助することなどが記載されている。
⑦ Iは、平成17年7月18日は午前7時40分ころから約40分かけて別の人の朝食介助を行い、午前8時20分ころからXの朝食介助を始めた。
⑧ Xの朝食の献立は、主食はおもゆ、副食はきゅうりともやしの酢の物をミキサーにかけたもの、みそ汁は具の白菜、しめじ、ゆずをミキサーにかけ、トロメイクという粉末のとろみ調整食品であんかけ程度のとろみをつけたものであった
⑨ Iは、大きめのスプーンに2分の1から3分の2の量をすくい、一口目は副食、2口目から4口目はみそ汁を、約30度起こされたベッドの中で後頭部を枕につけた姿勢をとっているXの口に入れたところ、同人はムセ込んでしまい、一色はXの体を起こし加減にしてタッピングをしたり、口の中に指をいれたりしたが何も出てこず、同人の顔色が悪くなってしまい、他の職員に吸引器による吸引を依頼した。
⑩ 平成3年の本件施設開設当初から本件施設に勤務し、准看護師の資格を持つNは、平成17年7月18日午前8時23分ころ、Xについて吸引器での吸引を始めたが、10cc程度のものが吸引できただけで、顔面は蒼白で呼びかけにも反応がないので、医療機関に搬送することとした。
⑪ その後、Xは、搬送先の医療機関で死亡した。
第3 争点
1 介護職員の嚥下障害のある入所者の食事介助をする際の注意義務の内容など
2 介護施設事業者の介護職員に対する教育、指導すべき注意義務の内容、及び、違反の有無
第4 裁判所の判断
裁判所は、「上記に認定した事実によれば、Xは平成17年7月11日に医師の診察を受け、医師からは加齢にともなうもの又は小さい脳梗塞、脳血管障害等によって食事の飲み込みが悪くなってきており、今後も嚥下障害が進行したり、誤嚥性肺炎の発症の可能性があるとの説明がなされ、この説明をY職員も聞いていたこと、Xは平成17年7月11日以降も食事の際にムセ込む状態が続いており、それは同月14日の夕食から副食についてミキサーにかけてとろみをつけた状態のものにする措置を取った後も続いていたことが認められ、このようなXの状態からすれば、Yとしては実際に同人の食事の介助を行う職員が①覚醒をきちんと確認しているか、②頸部を前屈させているか、③手、口腔内を清潔にすることを行っているか、④一口ずつ嚥下を確かめているかなどの点を確認し、これらのことが実際にきちんと行われるように介護を担当する職員を教育、指導すべき注意義務があったものというべきである。
しかし、Yは上記のような教育、指導を特に行っておらず(一色は少量ずつ食べてもらう、しっかり飲み込んだことを確認するという点について注意するようにと口頭で言われただけである。)、IがXについて平成17年7月18日の朝食介助を行った際にも、①覚醒の確認は十分に行っておらず、②頸部を前屈させるということは全く行っておらず、③手、口腔内を清潔にするということも行っていないのであるから、Yは上記の注意義務に違反したものというべきである。」と判断した。
第4 本判決のポイント
1 介護職員の嚥下障害のある入所者の食解除をする際の注意義務の内容などについて
本判決は、まず、Xのような嚥下障害のある入所者が食事する際には、①覚醒をきちんと確認しているか、②頸部を前屈させているか、③手、口腔内を清潔にすることを行っているか、④一口ずつ嚥下を確かめているかなどの点を確認すべきことを前提としている。
この①から④までの留意事項は、厚生労働省内に設置された「福祉サービスにおける危機管理に関する検討会」が平成14年にまとめた「福祉サービスにおける危機管理(リスクマネジメント)に関する取り組み指針~利用者の笑顔と満足を求めて~」において、食事介助の留意事項とされているものであり、介護実務における介護職員の具体的注意義務の内容を形成する重要な要素と言えるであろう。
したがって、嚥下障害のある入所者に対して食事介助をする際に、そのことを認識した介護職員が上記①から④までの留意事項を遵守せずに介護事故を起こした場合は、その介護職員の過失が認定されることが多いと考えられる。
2 介護施設事業者の介護職員に対する教育、指導すべき注意義務の内容、及び、違反の有無について
裁判所は、I職員に対して、上記①から④までの留意事項を遵守するように教育、指導すべき注意義務がYにあったものとし、Yはこれを行っていなかったとしてYに注意義務違反があるとした。
直接介助をする介助職員に対して、介護事故が起こらないよう教育指導すべき注意義務が施設事業者にあることは当然のことといえる。
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