介護事故

デイサービス中の食事で起きた誤嚥事故について施設事業者に賠償責任が認められなかった事例 ー 東京地方裁判所立川支部 平成22年12月8日判決 平成22年(ワ)第3676号

第1 当事者、及び、当事者関係
1 施設利用者(X)
Xは、糖尿病、パーキンソン症候群と診断されており、平成20年5月ころから認知症の進行が認められ、要介護度は、本件事故時は要介護5となっていた。
2 施設事業者(Y)
Yは、通所介護・介護予防通所介護事業所「デイサービス A」(以下「A」という。)を設置運営する法人である。
3 当事者関係
平成19年10月2日、XはYと通所介護・介護予防通所介護契約を締結し(以下「本件利用契約」という。)、同月6日から週2回、平成20年7月8日以降は週3回Aに通所していた。

第2 事案の概要
Xは、平成20年12月16日のAにおける昼食時、食事を誤嚥し、救急車でA病院に搬送された後、B病院に転院し、意識が戻らないまま同年3月5日、81歳で死亡するに至った。

第3 事実の概要
① 本件事故当日、Xは午前9時15分にAに到着し、個別機能訓練、口腔機能訓練を受け、午前中は普段と特に変わりはなく過ごし、12時ころデイルームの3つある丸テーブルの1つを他の6、7名の利用者とともに囲み、「いただきます」の発声で食事を開始した。同日のAの利用者はXを含めて合計23名であり、要介護度は要支援1から要介護5まで様々であったが、要介護5はXを含めて2名であり、食事について介助が必要な者はいなかった。
② 当日の食事は、マグロの味噌焼き、揚げ物、青菜、漬け物等、利用者の状態に応じて専門業者から取り寄せた高齢者用の食事であり、Xについては糖尿病のためご飯を減らして茶碗に盛りつけ、味噌汁は少なめにしてマグカップで提供していた。
③ Aの職員は5名配置されており、デイルームには、N介護員とM看護師が残って全体を見守りながら利用者の希望に応じておかずをほぐしたり、指の力が弱いためにミニソースの蓋をはずしたりしていた。他の3名は厨房に入っていたが、電子レンジはデイルームにおいてあったため、その3名も出たり入ったりしていた。
④ 食事開始直後、Nがお茶を飲もうとしていたXの手が震えるような不安定な感じであるのを発見し、Xに「お茶飲まれますか」と声をかけたところ、返事がなく、Xはもぐもぐしているような状態であったが、その後、大きなしゃっくりをしてぎくっとし、痙攣と震えが起こり唇が青くなった。これらは一瞬のことであり、Nとしては初めて見る異常な状態であったため、Mに「様子がおかしいですよ」と声をかけた。Mは、12時5分ころ、Nに声をかけられたので、そちらを見たところ、Xの顔面が蒼白であり、様子がおかしいことから声かけをしたが反応がなかったため、すぐ入れ歯を外し、口の中の物を取り出そうとしたが出てこなかった。そこで、Nは、その場でタッピング(背部殴打法)、ハイムリッヒ法(斜め上方ヘの押し上げ、乙15)を実施したが、反応がなかった。Nは、MがXの対応に入った後は、他の利用者の対応に入ったが、厨房との間を出入りしていた看護師や介護員もXに対する対応の応援に入り、12時6分ころ、Xをデイルームから事務室に移動し、身につけている時計や上履き等を外し、誤嚥用チューブで吸引を実施して青菜、まぐろ、血液を吸引し、AED、人工呼吸も実施、継続し、並行して救急通報した。
⑤ しかし、Xは、その後、搬送先の医療機関から転医された医療機関で死亡した。

第4 争点
1 Y職員の過失について
2 Yの債務履行について ― 特に人員配置の適切性について
3 Yの施設長がXの遺族に対して謝罪したことが、Yの法的責任を認メル根拠となるか。

第3 当裁判所の判断
1 Y職員の過失について
 裁判所は、「本件事故当時昼食の見守りを担当していた西村及び南原は、その役割を的確に果たしており、他の利用者に気を奪われてXの飲食状態の見守りを怠ったとは認められず、過失は認められない。」として、Y職員の過失を否定した。
2 Yの債務不履行について - 特に人員配置の適切性について
① 「本件利用契約は、介護保険に基づく居宅サービス事業の一つである通所介護に関するものであり(介護保険法8条7項)、介護保険法等の関係法令に従うものであるところ、Yの職員の配置はこれらに適合したものであること、」
② 「本件利用契約において特に介護保険法等の関係法令の定める基準を上回る介護が約定されていたとは認められないこと、」
から、「本件事故当日、23名の利用者に対して専ら食事の見守りを担当する職員として配置されていたのが介護員1名と看護師1名であったことが本件利用契約に基づく債務の履行を怠ったものとは認められない。」また、「認定した事実によれば、Aの職員らは、本件事故当時、それぞれの配置された状況のもとでXのためにできるだけのことはしたものと認められる。したがって、Yに本件利用契約に基づく債務の不履行は認められない。」と判断した。
3 Y施設長の謝罪について
「(Xの遺族である原告が)Aの施設長が当初は責任も認めていたにもかかわらず、後日Yが法的には責任がないという態度を明らかにしたことの不当を述べているが、施設長が謝罪の言葉を述べ、Xらには責任を認める趣旨と受け取れる発言をしていたとしても、これは、介護施設を運営する者として、結果として期待された役割を果たせず不幸な事態を招いたことに対する職業上の自責の念から出た言葉と解され、これをもってYに本件事故につき法的な損害賠償責任があるというわけにはいかない。」として、Y施設長の謝罪などが、Yの法的責任を根拠付けるものではないとした。

第5 本判決のポイント
1 Yの法的責任などについて
 本件事故当時、23名の利用者に対して、介護員1名と看護師1名の合計2名で食事の見守りをしていた点が問題にされたが、裁判所は、Yの職員配置が、介護保険法などの関係法令や本件利用契約に違反したものでないとして、Yの人員配置に問題はないとした。
 また、本件のXの誤嚥は、事前にその発生を予測するのが困難で、誤嚥の発生直後にNにより発見され、その後の対応も適切であったことから、Yの法的責任が否定されたと理解することができる。誤嚥の原因が気道の部分的閉塞で、その症状などから誤嚥が生じていることの発見が遅れたと思われる京都地方裁判所平成25年4月25日判決の事案と対象的である。
2 Y施設長の謝罪について
 裁判所は、Y施設長の謝罪を「介護施設を運営する者として、結果として期待された役割を果たせず不幸な事態を招いたことに対する職業上の自責の念から出た言葉」であるとして、Y施設の法的責任の発生根拠とはならないとした。
 そもそも、Y施設に介護事故自体についての法的責任が発生するかどうかは、債務不履行や不法行為などの要件を満たすかどうかにより決せられ、Y施設長の言動に左右されるものではない。
 また、倫理上ないし道義上も、Y施設の施設長の立場にある者が、職業上の自責の念から謝罪することはむしろ自然なこととも言え、その後の施設事業者と施設利用者側に無用な不信や混乱を生じさせないためにも必要とも言える。
 施設事業者側の事故後の対応の不味さで、紛争がいたずらに複雑化するケースが多いとされるが、施設事業者としては、事故後に誠実に対応することの重要性を示唆する判決と言えるであろう。

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