介護事故

帰宅願望の強い認知症入所者が認知症専門棟の2階窓から外へ出たところ地面に落ちた事故について、施設事業者に損害賠償が認められた事例 ー 東京高等裁判所平成28年3月23日判決

第1 当事者、及び、当事者の関係
1 施設利用者(X)
 Xは、本件事故当時84歳。認知症の診断を受け、要介護2、日常生活自立度はⅣと認定されていた。
2 施設事業者(Y)
 Yは、介護老人保健施設の認知症専門棟(以下、「本件施設」という。)を運営していた。
3 当事者の関係
 Xは、Yの運営する介護老人保健施設の本件施設に短期入所していた。

第2 本件事故の概要
 Xは、事故当日の夜、認知症専門棟の2階食堂の窓に設置されていた開放制限装置(以下、この窓のことを開放制限装置を含めて「本件窓」という。)をずらして窓を開放し、その窓から屋外へ出て雨どい伝いに降りようとしたところ、地面に落下して、搬送先の病院で死亡した。

第3 本件事案の概要など
① Xは、Yの運営する本件施設に平成24年7月18日から同年同月26日まで入所していたが、その際、強い帰宅願望とそれに基づく具体的な行動を数回示していた。
② Xは、平成24年8月3日、再び本件施設に入所したが、その後も、度々帰宅願望とそれに基づく具体的な行動を数回示していた。
③ 本件事故当日、Xは、帰宅願望を示さなかったものの、Yの施設職員に居室に誘導されても居室から出てきてしまうことを繰り返したことはあったが、Yの施設職員は,Xが認知症専門棟の廊下をゆっくり歩行するだけで、不穏な様子も訴えもなかったため,同日午後7時15分頃、しばらく様子を見ることとした。そして、同日午後8時過ぎ頃までは、認知症専門棟内でXの所在は確認されていた。
④ ところが、同日午後8時15分頃、Xに就寝を促そうとしたものの同人の所在が分からなかったことから、この頃から施設職員によるXの所在確認が始まった。しかし、Xを発見することができないでいたところ、同日午後8時35分頃、玄関のインターフォンによる通報を契機に、本件食堂の下にある植え込みに倒れているXが発見された。Xは,本件食堂の本件窓を約210mm開放し、そこから外に出て,雨どい伝いに地面に降りようとして落下したものであった
⑤ Xは、救急車で、医療機関に搬送されたものの同月8日午前2時7分、骨盤骨折を原因とする出血性ショックにより死亡した。
、第3 本件の争点
1 Yの職員をして、帰宅願望の強いXの近くで見守り、声かけなどをすべきであったのに、これを怠り放置したとして安全配慮義務違反があるか。
2 本件窓が、民法717条1項の「土地の工作物」の「瑕疵」にあたるか。
3 Yの賠償責任が認められるとして、過失相殺などをすべきか。

第4 裁判所の判断
1 Yの安全配慮義務違反について
「当時のXは、認知症専門棟の廊下をゆっくり歩行するだけで、不穏な様子も訴えもなかったというのであり、また、限られた当直施設職員によりX以外にも48名の入所者の介護を行わなければならなかったことを考慮すれば,Xが認知症専門棟を抜け出さない限りは、暫時、Xに自由に行動させたからといって、Yないし上記施設職員に安全配慮義務違反があるということはできない。」として、Yの安全配慮義務違反を否定した。
2 本件窓が民法717条の「瑕疵」があるといえるか
 まず、「本件窓は、Yが所有し占有するY施設の建物の一部であるから、民法717条1項の「土地の工作物」にあたる」とした。
 そして、「認知症に関する一般的知見に照らせば,認知症患者の介護施設においては、帰宅願望を有し徘徊する利用者の存在を前提とした安全対策が必要とされ、上記のような利用者が,2階以上の窓という,通常は出入りに利用されることがない開放部から建物外へ出ようとすることもあり得るものとして、施設の設置又は保存において適切な措置を講ずべきであるといえる。」としつつ。「本件窓のストッパーは,本件窓をコツコツと特に大きな力によることなく当てることにより容易にずらすことができ、ごく短時間で大人が通り抜けられる程度のすき間が開けられるというのである。このような本件ストッパーのずらし方は,帰宅願望を有する認知症患者が,帰宅願望に基づき本件ストッパーの設置された窓を無理に開放しようと考えた際、思いつき得る方法と認められる。」などとして、本件窓の開放制限装置は、認知症専門棟の食堂に設置する開放制限装置としては不適切で、通常有すべき安全性を欠いており、民法717条の「瑕疵」に当たるとして、Yの賠償責任を認めた。
3 過失相殺について
 「そもそも本件事故の態様に照らし、本件事故当時、Xが合理的な判断能力を有していたとは認め難い上、Xが入所していたY施設は認知症専門棟であって、認知症患者に一般的にみられる徘徊ないし帰宅願望に基づく行動に適切に対処することが求められていること」、「Xが徘徊ないし帰宅願望に基づく行動をする認知症患者であることは、本件契約に先立ちYに情報提供がされていること」、「平成24年7月18日から26日までの短期入所においても、Xは帰宅願望を現していたこと」などを考慮して、過失相殺をすることを否定した。

第5 本判決のポイント
1 本判決は、施設利用者Xが強い帰宅願望とそれに基づく具体的行動を繰り返し示していたとしても、施設内においては、直ちに、Xに対して近くで見守り、声かけなどをすべき義務を負うものではないとしています。
 これは、Xには転倒などの事故の具体的な危険性が認められなかったことや、施設側に人員配置上の制限があったことなどを踏まえた結論と考えられ、妥当なものといえます。具体的な事故の危険性のない入所者に対して常時の見守りを義務付けることは、施設事業者にとって過度な負担となってしまうからです。
2 これに対して、本判決は、本件窓については、民法717条1項の「瑕疵」がある、つまり、通常有すべき安全性を欠いていると判断しました。
 確かに、通常人が2階の窓から屋外へ出ることは予想できないといえますが、帰宅願望の強い認知症の人の場合、通常人が行わない方法で屋外で出ようとすることも考えられます。
 そこで、本判決は、認知症専門棟内の各設備については、認知症の入所者が通常は予期しない行動までも想定して、安全措置を講ずべきと判断したものと理解できます。
3 過失相殺について
 本件各当事者のうちYが運営する本件施設は、通常の介護施設と異なり認知症専門棟ですから、認知症の入所者に対して安全適切な介護をすべき高度の専門性及び技術力を期待される施設です。
 他方、Yは認知症で、通常の判断能力は有していなかったと考えられます。
 本判決は、XとYのこれらの特殊性を踏まえ、過失相殺をしなかったものと考えられます。

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