その他の法律問題のブログ

いわゆる「まん延防止に関する措置」にかかる酒類提供停止の法的問題点

1 はじめに

 またもや、岐阜県が政府に対してまん延防止措置の適用を要請し、それに伴い飲食店の酒類提供の停止が求められる見通しとなった。

 そこで、今回は、この酒類提供の停止の法的問題点を検討することにした。

2 新型インフルエンザ等対策特別措置法

 コロナ過における事業者に対する営業時間の変更などを求める要請は、「新型インフルエンザ等対策特別措置法」(以下、「特措法」という。)という法律に基づいて行われている。

 その特措法は、都道府県知事が、新型インフルエンザなどのまん延を防止するために必要があると認めるときは、特定の事業者に対し、①営業時間の変更や②その他政令で定める措置を講ずるように要請することができるとしている(特措法31条の6第1項)。

 そして、この要請を受けた者が正当な理由がないのに当該要請に応じないときは、新型インフルエンザなどのまん延を防止するため特に必要があると認めるときに限り、都道府県知事は、当該要請にかかる措置を講ずることを命ずることができるとしている(特措法31条の6第3項)。

 さらに、特措法80条1号は、上記命令に反する行為をした者に対して、20万円以下の過料に処する旨を規定している。つまり、上記都道府県と知事の命令に違反すれば過料の制裁という罰則が課される恐れがある。

3 酒類提供禁止の法的根拠

 ところが、特措法のどの条文を見ても、酒類提供の停止を定める条文はない。

 では、どこに定めがあるのかというと、ややこしい話になってくる。

 すでに述べたように、特措法は、都道府県知事が事業者に要請できる措置として定めているのは、①営業時間の変更と、②その他政令で定める措置の2つだけでである。そして、この政令とは、行政である内閣が定める法規範(命令)のことをいい、ここで問題となる政令とは、具体的には「新型インフルエンザ等対策特別措置法施行令」(以下、「施行令」という。)という名前の政令である。

 この施行令の5条の5の1号から7号までに具体的な措置が規定されているほか、8号にその他の措置として「新型インフルエンザ等のまん延の防止のために必要な措置として厚生労働大臣が公示するもの」と規定されている。

 そして、この「厚生労働大臣が公示するもの」が厚生労働省が定めた「新型コロナウィルス感染症のまん延防止のために必要な措置及び同感染症の感染防止のために必要な措置」と題する令和2年4月7日付の厚生労働省告示第176号である。この告示の1条4号に、新型インフルエンザ等のまん延の防止のために必要な措置として、「入場をする者等に対する酒類の提供及び入場をする者等により持ち込まれた酒類を飲用に供するための場の提供の停止」が規定されている。

 このように、特措法では、酒類の提供の停止を定めることを、内閣が制定する政令(施行令)に委ね、その施行令は、さらに厚生労働省が定める告示に委ねているのである。

 このように、本来は法律で定めるべきこと(本件でいえば、事業者の営業の自由に対する制約)を、法律以外の他の規範(政令や命令んど)に委ねることを、憲法の講学上、「委任立法」という。

4 委任立法の問題点

 憲法41条は、国会は国民の代表機関であり、かつ、唯一の立法機関とされているので、国民の権利自由を制限するためには、国会が制定した法律の根拠が必要である。行政が、国会が制定した法律の根拠がないのに政令や命令などによって、勝手に国民の権利自由を制限できるとすれば、もはや民主主義国家とは言えないからである。

 ただし、複雑化する行政への要請に応えるためには、逐一細かい点まで国会の制定する法律が必要とするのには無理がある。

 他方、法律が定めるべき事柄を行政が制定する政令や命令に具体的に委任していて、その政令や命令の内容が法律の趣旨や制限を超えないのであれば、民主主義に反するとまでは言えない。このような場合の政令や命令は、法律の趣旨を具体化したものにすぎず、法律が定めようとしていた範囲を超えるものではないから、政令や命令が、法律の根拠なしに、何かを定めたということにはならないからである。

 別の言い方をすれば、法律でいちいち細かいことまで定めるのは大変なので、法律の趣旨の範囲内であれば、政令などの命令が、法律が定めるべきことを定めても、問題はないと考えるのである。

 そこで、法律の趣旨に反しないなどの一定の制限があれば委任立法も許されると解されている。

5 本件の酒類提供停止は、特措法の委任の範囲内か

 そこで、上記厚生労働省告示が、特措法の委任の範囲かどうかが問題となる。

 この点、特措法自体が明示的に事業者に求めることができる措置としては、営業時間の変更だけである。そうすると、特措法自体は、営業時間の変更以上に制限がある措置を求めることは想定していないと考えるのが自然である(※1)。営業時間の変更以上に厳しい制限を求めているのであれば、特措法自体に明示的に規定されるべきであるし、規定することは可能だからである。

 ところが、酒類提供を主業務とする事業者にとっては、酒類の提供をしなければ店舗の営業は成り立たないのであるから、酒類の提供停止は、営業停止そのものに等しく、単に営業時間の制限にとどまらない著しく厳しい規制と言わざるを得ない。

 したがって、特措法自体は、営業停止といった厳しい規制は想定していないのだから、上記施行令や上記告示は、特措法自体が想定していない酒類提供の禁止を酒類提供を主業務とする事業者に課していて、特措法の委任の範囲を超えているといわざるを得ない(※1)。

 よって、上記告示が酒類提供停止を求めているのは、特措法に違反して無効である疑いが濃厚であるとともに、法律上の根拠なく事業者の権利自由(営業の自由)を制限している点で、憲法22条1項に違反している疑いが濃厚である。

6 国会や政府の問題点

 以上のように、法律の根拠なしに、酒類提供を主業務とする事業者に酒類の提供の停止を求めることは、憲法に違反する疑いが濃厚である。

 であれば、どうすればよいのか。

 答えは簡単である。

 国民の代表機関で唯一の立法機関である国会の場で民主的議論を尽くし、本当に酒類提供の停止が必要であれば、特措法に明示的に規定するよう、特措法を法改正すればよいのである。

 コロナ過が発生して2年近くたっているのだから、そのようなことは十分にに可能であったが、国会や政府は、未だに法律で酒類提供停止を規定しようとをしない。

 国会が制定する法律の根拠がないのに、政府が、内閣が定めるする政令や厚生労働省が定める告示だけで、酒類提供を主業務とする事業者に営業停止の措置を課している現状は、憲法や民主主義に違反する疑いが濃厚であるし、国民に対しても真摯な姿勢を示しているとは、到底言えないのであろう。

 国会や政府が、このような態度を続けるとすれば、政府や都道府県のコロナ施策に対して、国民から十分な信頼を得られることはな難しいのではないかと考えられる。

 

※1 なお、衆議院のホームページのサイトの記載によると、まん延防止等重点措置について、令和三年二月一日の衆議院内閣委員会において、西村国務大臣は「営業時間の変更を超えた休業要請(中略)は含めないこととしております。」と答弁しているようであり、上記施行令や上記告示は、この答弁にも反している。

    ↓

衆議院のホームページのサイトは、こちら。

関係法令の条文

新型インフルエンザ等対策特別措置法

第三十一条の六 都道府県知事は、第三十一条の四第一項に規定する事態において、国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼすおそれがある同項第二号に掲げる区域(以下この条において「重点区域」という。)における新型インフルエンザ等のまん延を防止するため必要があると認めるときは、新型インフルエンザ等の潜伏期間及び治癒までの期間並びに発生の状況を考慮して当該都道府県知事が定める期間及び区域において、新型インフルエンザ等の発生の状況についての政令で定める事項を勘案して措置を講ずる必要があると認める業態に属する事業を行う者に対し、営業時間の変更その他国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼすおそれがある重点区域における新型インフルエンザ等のまん延を防止するために必要な措置として政令で定める措置を講ずるよう要請することができる。
2 都道府県知事は、第三十一条の四第一項に規定する事態において、当該都道府県の住民に対し、前項の当該都道府県知事が定める期間及び区域において同項の規定による要請に係る営業時間以外の時間に当該業態に属する事業が行われている場所にみだりに出入りしないことその他の新型インフルエンザ等の感染の防止に必要な協力を要請することができる。
3 第一項の規定による要請を受けた者が正当な理由がないのに当該要請に応じないときは、都道府県知事は、国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼすおそれがある重点区域における新型インフルエンザ等のまん延を防止するため特に必要があると認めるときに限り、当該者に対し、当該要請に係る措置を講ずべきことを命ずることができる。
4 都道府県知事は、第一項若しくは第二項の規定による要請又は前項の規定による命令を行う必要があるか否かを判断するに当たっては、あらかじめ、感染症に関する専門的な知識を有する者その他の学識経験者の意見を聴かなければならない。
5 都道府県知事は、第一項の規定による要請又は第三項の規定による命令をしたときは、その旨を公表することができる。

第八十条 次の各号のいずれかに該当する場合には、当該違反行為をした者は、二十万円以下の過料に処する。 第三十一条の六第三項の規定による命令に違反したとき。

新型インフルエンザ等対策特別措置法施行令

第五条の五 法第三十一条の六第一項の政令で定める措置は、次のとおりとする。

 従業員に対する新型インフルエンザ等にかかっているかどうかについての検査を受けることの勧奨

 当該者が事業を行う場所への入場(以下この条において単に「入場」という。)をする者についての新型インフルエンザ等の感染の防止のための整理及び誘導

 発熱その他の新型インフルエンザ等の症状を呈している者の入場の禁止

 手指の消毒設備の設置

 当該者が事業を行う場所の消毒

 入場をする者に対するマスクの着用その他の新型インフルエンザ等の感染の防止に関する措置の周知

 正当な理由がなく前号に規定する措置を講じない者の入場の禁止

 前各号に掲げるもののほか、法第三十一条の四第一項に規定する事態において、新型インフルエンザ等のまん延の防止のために必要な措置として厚生労働大臣が定めて公示するもの

新型コロナウイルス感染症のまん延の防止のために必要な措置及び同感染症の感染の防止のために必要な措置(令和二年四月七日)(厚生労働省告示第百七十六号)

第一条 新型コロナウイルス感染症(病原体がベータコロナウイルス属のコロナウイルス(令和二年一月に、中華人民共和国から世界保健機関に対して、人に伝染する能力を有することが新たに報告されたものに限る。)である感染症をいう。以下同じ。)について、新型インフルエンザ等対策特別措置法施行令(平成二十五年政令第百二十二号。以下「令」という。)第五条の五第八号の規定を適用する場合においては、同号の新型インフルエンザ等のまん延の防止のために必要な措置は、次の各号に掲げるものとする。

一 当該者が事業を行う場所の換気

二 入場(令第五条の五第二号に規定する入場をいう。以下この条において同じ。)をする者等の会話等により飛散する飛まつを遮ることができる板その他これに類するものの設置、入場をする者等相互の適切な距離の確保その他の入場をする者等の会話等により飛散する飛まつによる新型コロナウイルス感染症の感染の防止に効果のある措置

三 入場をする者等の歌唱その他の飛まつの飛散を伴う行為の用に供する設備、機器又は装置の使用の停止

四 入場をする者等に対する種類の提供及び入場をする者等により持ち込まれた酒類を飲用に供するための場の提供の停止

(令三厚労告一六九・旧本則・一部改正、令三厚労告一八二・令三厚労告一八八・一部改正)

憲法

第二十二条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

第四十一条 国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。

2022年1月19日脱稿

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