介護事故

興奮状態にある知的障害のある男性に対する施設職員による身体拘束が、「必要最小限の方法であったとは認められず、身体拘束が緊急やむを得ない場合には該当しない」として違法性が肯定された事例 ー 大阪地方裁判所平成27年2月13日判決 大阪地方裁判所平成25年(ワ)第8820号

大阪地方裁判所平成27年2月13日判決 平成25年(ワ)第8820号

第1 当事者、及び、事案の概要
1 施設利用者(X)
Xは、幼少期より自閉症等に起因する知的障害を有しており、本件事故当時22歳であった。
2 施設事業者(Y)ら
(1) Yは、障害福祉サービス事業の経営等の社会福祉事業を行うことを目的とする社会福祉法人であり、自立ホームM(以下「自立ホームM」という。)などの自立ホームにおいてグループホーム(共同生活介護、共同生活援護)事業を運営し、利用者が日中活動を行う生活介護事業所である「N」(以下「N作業所」という。)を含む4箇所の授産施設において、生活介護、短期入所、就労継続支援事業を運営し、その他、居宅介護、行動援護、移動支援、相談支援等の各事業を運営している。
(2) Aは、Yの理事長の地位にあった。
(3) Bは、Yにおけるグループホーム事業を統括する管理責任者であった。
(4) Cは自立ホームMを含む4箇所の自立ホームのサービス管理責任者としてリーダーの地位にあった。
(5) DはN作業所の生活支援員であった。
(6) E及びFは、それぞれYが設置運営する別の自立ホームの世話人を担当していた。
3 利用契約関係
XとYは、平成20年4月30日、Xを利用者とした生活介護・就労継続支援(B型)・就労移行支援利用契約(以下「本件利用契約」という。)を締結した。
Xは、同日より、Yが設置運営する自立ホームに入所して同所で生活するとともに、平日日中は、軽作業などを行うためN作業所に通っていた。
4 事案の概要
 興奮状態となったXが、B、C、D、E、Fによってうつぶせに倒されて押さえつけられたとことによって嘔吐し、吐物を吸引して窒息することにより死亡した事案。

第2 事情の経過 - 裁判所の認定した事実
① B、C、D、E、Fは、平成21年11月8日午後0時35分頃から、興奮状態であったXをM作業所の軽作業室に敷かれた布団の上にうつ伏せに倒した上、BがXの頭部を押さえ、CがXの左腕に跨り、両手でXの左腕を押さえ、Dが自己の背中をXの背中に付けた状態でXの右腕を自己の左脇下に抱え込みながら押さえ、Eが自己の両脚をXの左脚に絡めながら両手でXの左脚大腿部を押さえ、FがXの右脚に座ってこれを両手で押さえつけた。
② 同日午後0時45分頃から、休憩に入ったFに代わってBがXの右脚に座り、Xの臀部等を両手で押さえ、C、D及びEが引き続きXを押さえつけた(以下、B、C、D、E、Fらによる一連の押さえつけ行為を「本件押さえつけ行為」という。)。
③ Xは、本件押さえつけ行為の途中に、嘔吐し、心肺停止の状態に陥り、同日午後1時25分、H病院に救急搬送された。
④ Xは、平成21年11月9日午前5時、H病院において死亡した。
Xの死因は、胃内容物が口腔内に逆流し、その吐物を吸引し窒息したことによる蘇生後びまん性肺胞障害及び肺炎であった。

第3 主な争点
1 本件押さえつけ行為の具体的態様(争点(1))
2 Xの死亡の原因及び本件押さえつけ行為との間の因果関係の有無(争点(2))
3 本件押さえつけ行為の違法性(違法性阻却事由の有無)(争点(3))
4 B、C、D、E、F行為者らの過失の有無(争点(4))
5 Aの故意又は過失の有無(争点(5))
6 Yの責任原因(争点(6))

第4 裁判所の判断 
1 本件押さえつけ行為の具体的態様(争点(1))
 「そうすると、本件では、被告行為者らが、常時、Xの背面を押さえつけ胸腹部を圧迫していたことまでは認められないが、激しく動くXを押さえつける中で、各被告行為者らが、体勢を崩したり、押さえつけが外されないよう押さえつけ直すなどした結果、Xの両肩甲骨付近に圧力がかかる状態になり、Xの胸腹部が圧迫されるに至ったと認めるのが相当である。」として、Xの胸腹部が圧迫されていたと認定した。
2 Xの死亡の原因及び本件押さえつけ行為との間の因果関係の有無(争点(2))
「Xの司法解剖を行ったH医師は、平成22年6月14日付けの鑑定書において、Xがうつ伏せの状態で背面から圧迫されたという伝聞情報を前提に、嘔吐の原因は胸腹部への強い圧迫により前腹壁全体が圧迫され、腹腔内圧が上昇し、胃の内圧も上昇した結果、胃内容が食道へ逆流したことにあると推認している」としたうえで、「加えて、本件押さえつけ行為の際、Cの右足先がXの首の下にあり、嘔吐を生じさせやすい状態であったと考えられることをも踏まえれば、Xの嘔吐は、被告Fが休憩に入った後の被告行為者らによるXの首の下に足が入った状態での両肩甲骨付近の押さえつけが原因で生じたと認めるのが相当である。」と認定した。
そして、「胸腹部への強い圧迫は、人の生命、身体に危険を及ぼす蓋然性の高い行為であり、押さえつけられた人間が死亡することは一般に生じ得ることであるといえるため、Xの死亡と本件押さえつけ行為との間には相当因果関係が認められると考えるのが相当である。として、本件押さえつけ行為とXの死亡との間に因果関係を認めた。
3 本件押さえつけ行為の違法性(違法性阻却事由の有無)(争点(3))
裁判所は、まず身体拘束の違法性の判断基準について、「身体の自由は基本的人権の一つであり、不必要に身体を拘束することは違法であって、これは、障害者福祉施設の利用者についても異なることはない。もっとも、利用者本人又は他の利用者等の身体に対する危険が切迫しており、かつ、他にその危険を避ける方法がない場合に、その危険を避けるために必要最小限の手段によって利用者を拘束することは障害者福祉施設における正当業務行為として、例外的に違法性が阻却されると解するのが相当で」あるとのの一般論を述べ、厚生労働省に設置された身体拘束ゼロ作戦推進会議作成の「身体拘束ゼロへの手引き」、厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部障害福祉課地域移行・障害児支援室作成の「障害者福祉施設・事業所における障害者虐待の防止と対応の手引き」、大阪府健康福祉部高齢介護室作成の「大阪府身体拘束ゼロ推進標準マニュアル」、社会福祉法人全国社会福祉協議会作成の「障害者虐待防止の手引き」などが基準としてあげる3要件(切迫性、非代替性、一時性)も同様の趣旨に基づくものであると考えられる。」として、上記3要件(以下、「身体拘束の3要件」という。)を違法性の判断における考慮要素とすべきことを示唆している。
そのうえで、本件押さえつけ行為の違法性の有無を判断基準について、「本件押さえつけ行為自体について、これが緊急やむを得ない場合の身体拘束として許容されるものであるかどうかを」検討すべきとした。
そして、裁判所は、身体拘束を始めた時点での切迫性が認められるとともに、Xが作業所の外へ飛び出すなどの危険を回避する為に有効な代替手段はなかったとしながらも、(B、C、D、E、Fが)「Xの左腕を可動できない方向へ反らせたり、Xの首の下に足を入れるなど、Xに対し必要以上の苦痛を生じさせる態様で押さえつけを行っている上、結果的にXの胸腹部を圧迫するような状態で押さえつけを行い、Xの死の結果を惹起させたのであるから、本件押さえつけ行為の態様が、当時のXの状態に照らし、Xの生命又は身体の危険を回避するために必要最小限の態様であったということができないことは明らかである。として、本件押さえつけ行為は、「XがM作業所の外へ飛び出し、又は、Xを止めようとする被告行為者らともみ合いになるなどして、X又は第三者の生命又は身体に危険が生じる可能性を回避するための手段であるとはいえるものの、Xの行動を制限するために必要最小限の方法であったとは認められず、身体拘束が緊急やむを得ない場合には該当しないといえる。よって、被告らの上記主張は採用できず、本件押さえつけ行為には違法性が認められる。」として違法性を認定した。
4 B、C、D、E、F行為者らの過失の有無(争点(4))
(1) B、C、D、E、Fの過失
(Yにおいては、)「Xに対する押さえつけの方法について、具体的な制止の時間、押さえつけの方法、危険防止等に関してマニュアルは作成されておらず、職員らに対する具体的な指示や指導もされていなかったため、どのような態様でXを押さえつけるかは専ら各職員の裁量に委ねられていたところ、被告行為者らはXの四肢を中心に押さえつけていたが、常に同じ状態でXを押さえつけていたわけではなく、Xが激しく身体を動かしたために、体勢を崩したり、押さえつけが外れないように押さえつけ直すなどしていたことなどが認められ、Xをうつ伏せにして押さえつけが行われていたことに照らせば、被告行為者らの体勢が、本件押さえつけ行為を継続する中で、Xの胸腹部を圧迫し、同人の生命身体に危険が生じる状態になることも十分に予見できたといえる。」として、B、C、D、E、Fについて予見可能性の存在を認めた。
 そして、(B、C、D、Eには)、「Xの表情を注視するなどして、相互に、押さえつけの態様が過剰なものになっていないか、Xの胸腹部を圧迫するような危険な体勢になっていないかなどを確認し、Xの死の結果を回避すべき注意義務があったといえる。」として、B、C、D、Eについては結果回避義務の存在を認めた。
 これに対して、Fについては、「Fが休憩に入る時点で、本件押さえつけ行為自体が、Xの生命身体に対し危害を及ぼす具体的危険性のある態様で行われていたとは認められない。」として、Fの結果回避義務は否定した。
 以上を前提に、裁判所は、(B、C、D、Eは)「お互いの押さえつけの態様を確認せず、Xの表情や顔色を確認することもなく本件押さえつけ行為を継続し、その結果、Xの胸腹部を圧迫するような態様で押さえつけを行い、同人を死亡させたのであるから、前記結果を回避する義務に違反しており、被告Fを除く被告行為者らには、過失が認められる。」と判断した。
5 Aの過失の有無(争点(5))
(Aは以前から)「Xがパニックになった場合には、うつ伏せに寝かせた上、4、5人で押さえつける方法によって同人の行動を制止することを認識していたのであるから、Yの理事長であり、Y職員らを指導、監督すべき立場にあった被告Aには、Y職員らに対し、Xの生命身体に危害が及ばないような押さえ方を指導したり、Xに何らかの異常が生じた場合にこれをいち早く察知し、素早い対応が取れるようにマニュアルを整備するなどして、押さえつけの安全性を確保すべき義務があったというべきである。」として、AのXに対する安全性を確保すべき義務を認めた。
 そして、(Aは)「Xを制止する場合に、手足を押さえることや4人以上で押さえつけることなどを指導していたものの、具体的な押さえ方の指示や指導を行ったことはなく、制止の方法や危険防止等に関してのマニュアルも作成することなく、どのような態様でXを押さえつけるかは専ら各職員の裁量に委ねていたというのであるから、上記の注意義務を怠っていたといわざるを得ず、その結果、被告行為者らにおいて、Xの表情等に十分な注意を払うことなく、その胸腹部を圧迫するような危険な態様による押さえつけを継続し、同人を死亡するに至らしめたというべきである。」として、Aに「過失の権利侵害が認められる」として、Aの過失を認定した。
6 Yの責任原因(争点(6))
Y従業員であるB、C、D、Eについて不法行為責任が認められ、これらの者による本件押さえつけ行為は、Yの事業執行に関連して行われたものであるとして、Yの使用者責任を認めた。

第5 本判決のポイント
1 本事案のような身体拘束から死の結果が生じた場合には、①身体拘束の具体的行為態様の特定、②身体拘束の違法性の有無、③身体拘束と死の結果との因果関係、④身体拘束者の故意、過失などが論点とされ、本判決もこれらの論点について検討して判断を示した。
2 また、身体拘束の違法性の判断について、本判決は、まず一般論として、「利用者本人又は他の利用者等の身体に対する危険が切迫しており、かつ、他にその危険を避ける方法がない場合に、その危険を避けるために必要最小限の手段によって利用者を拘束することは障害者福祉施設における正当業務行為として、例外的に違法性が阻却されると」述べる。
 さらに、本判決文中に指摘されている身体拘束の3要件(切迫性、非代替性、一時性)を指摘し、これらの要素を違法性の判断要素にすべきことを示唆している。
3 そして、本判決では、本件押さえつけ行為を始めた時点では切迫性は認めらえるとしたり、「XがN作業所の外へ飛び出すなどの危険を回付するために有効な手段はなかった」として非代替性の存在も認めている。
 しかし、本件押さえつけ行為は、「Xの首の下に足を入れるなど、Xに対し必要以上の苦痛を生じさせる態様で押さえつけを行っているうえ、結果的にXの胸腹部を圧迫するような状態で抑えつけを行っている」として、Xの行為を制限するために必要最小限の方法であったとは認められず、身体拘束が緊急やむを得ない場合には該当しない」として、違法性を認めた。
 これは、本件押さえつけ行為自体が、被拘束者の生命に危険を及ぼす態様であり、しかも、おそらく15分程度も継続した点を重視した結果であると思われる。
 身体拘束といっても、その態様はさまざまであり、被拘束者の生命に危険が及ぶ態様の拘束もあれば、そうでない拘束もある。
 介護などの現場では、やむを得ず緊急に身体拘束を実行しなければならない場面もあるが、拘束時間、拘束態様などの点に、常に細心の注意を払うべきである。

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