大切なご家族が老人ホームなどの介護施設に入所していて、その施設で介護事故に遭ってしまった。
ところが、施設と今後の対応や損害賠償請求の話をしたら、施設から「出ていってほしい。」と言われてしまった。
介護施設の担当職員の過失による介護事故に遭ってしまった場合、その介護施設に損害賠償請求をしたら、その施設から出ていかないといけないのでしょうか?
杉島が担当した介護事故で、実際に起こった出来事です。
感情的な面はさておいて、法的にどうなるか検討してみます。
まず、施設側の言い分として考えられるのは、施設側と入所者側(その家族も含む。)との信頼関係が破壊されたというものです。
老人ホームのような施設についての施設利用契約は、例えば、コンビニでパンを買ったり、ファミレスで食事をしたりするような、代金と商品またはサービスの交換などの1回こっきりの関係ではなく、長期間にわたって継続的に契約関係が続くことが予定されています。
そして、長期間にわたって契約関係が継続する以上、契約の両方の当事者の間には、お互いを信頼する、信頼できるといった信頼関係が必要です。特に、老人ホームのような介護施設は、入所者はその施設が生活の場になるのですから、施設側と入所者側に信頼関係があることは、とても重要なことです。
しかし、逆に言えば、契約の両方の当事者の間の信頼関係が破壊されてしまえば、長期間にわたって継続するような契約関係は維持できなくなります。
そこで、最高裁判所も、土地や建物の賃貸借契約などについて、契約の当事者間の信頼関係が失われたことを、契約の解除事由(終了事由)の一つとしています。これを、信頼関係破壊の法理と言ったりします。
この信頼関係破壊の法理を、老人ホームのような介護施設にも当てはめてみると、入所者側が施設側に対して損害賠償請求するということは、施設側と入所者側の信頼関係が失われたことの表れともみえるので、施設側から入所契約を解除されてしまうという結論にもなりそうです。
しかし、これでは入所者側は困ります。老人ホームなどの介護施設は入所者の生活の場ですし、他の施設を探すといってもそんなに簡単に見つからないのが現状のようです。だからと言って、正当な損害賠償請求の行使をあきらめるのは、まさに泣き寝入りとなってしまいます。
施設側から見ても、コンプライアンス(法令遵守)の観点から問題が残るでしょう。
そこで、信頼関係破壊の法理の例外を認める考え方が必要となってきます。
この点について、私は、いわゆるクリーンハンズの原則(クリーンハンズ = きれいな手 = 汚れていない手)が使えるのではないかと考えています。
クリーンハンズの原則とは、自ら法を尊重する者だけが、法の救済を受けられるという原則で、自ら不法に関与した者には裁判所の救済を与えるべきでないという考え方です。逆に言うと、形式的には正当な権利の行使に見えても、その権利の取得過程に違法な要素があれば、その権利の行使を認めない考え方です。違法な手段によって取得した権利の行使は、違法と同視できるからです。
このクリーンハンズの原則は、民法1条2項の信義誠実の原則の具体的内容の一つとされています。
そこで、このクリーンハンズの原則を、上記の事例に当てはめてみると、次のようになると思います。
確かに、施設は、信頼関係破壊の法理によって施設利用契約の解除権を取得しているかに見えるかもしれません。しかし、そもそも信頼関係が破壊してしまったのは、施設側の過失による介護事故という違法行為が原因です。介護事故がなければ、信頼関係も破壊されなかったのですから、施設側の解除権の行使は認めるべきではないと考えるべきです。
老人ホームなどの施設利用契約に関して、信頼関係破壊の法理やクリーンハンズの原則が問題となった裁判例は見当たりません。
しかし、今後、このような不当な事案が出てきた場合は、クリーンハンズの原則といった考え方で、施設側の不当な解除権行使を制限できると考えています。
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